平城京遷都1300年を迎えた奈良を代表する遺産の一つが、正倉院の宝物だ。その中に、光明皇后が貧しい病人を救うため創設した「施薬院」などで使われたとみられる薬物が収蔵されている。戦後、2度の科学的分析が実施され、長く謎として残っていた薬物の正体も最近判明した。西域や南方など世界中から渡来した、いにしえの薬はどんなものだったのだろう。【永山悦子】
■60種類を収蔵
正倉院の収蔵品には美術品とともに60種類の薬物が含まれていた。それらは「種々薬帳(しゅじゅやくちょう)」と呼ばれる書面に、数量とともに記されていた。巻末には、当時の政治の中枢にいた藤原仲麻呂の署名もある。
最初の科学調査は、戦後まもない1948?49年に実施された。当時は分析技術が十分でなかったため、94?95年に2回目の調査を実施。その結果、種々薬帳に記載された薬物のうち38種類が今も残り、記載外の薬物も約20種類見つかった。
38種類の内訳は▽動物生薬5▽植物生薬20▽鉱物生薬8▽動物の骨など化石薬5。建立から100年間は薬物の出入りを厳重に管理していたが、それ以外にも記載されない出入りがあったとみられる。
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